名伴奏者の本から
「やさしく弾ける部分に手間をかける」
「練習は 速い音だけ」だと どうなるのか?

速いパッセージだけ練習、残りは適当
という伴奏…シューマン 女の愛と生涯。
簡単に弾ける音に 手間をかけてないので
味の変化 強弱の変化 歌の余韻 全くなし。
奇妙な演奏でした。

独奏でも 同じ。シューマン 交響的練習曲で
・最初の和音 不注意でバラける
・和音バランス 考えたこともないし、
 練習した形跡もない
・始め2小節で「うた」つくるのに失敗
 楽譜の「ヨコ」まとめる作業やってない
「先が思いやられる…あと20分我慢」と
思った瞬間、前列に 座っていた大音楽家は
腕時計に 目を走らせていた…

名伴奏者は 口を揃えて
「やさしく弾ける部分を 味わい深く弾くのが
大切」と書いている。
彼らの考え、練習方法、教育観、体験談は?
ヘルムート・ドイチュ(鮫島有美子訳)伴奏の芸術 お話と演奏例CD 本に比べ得られる情報量が極端に少ないが、音のコントロールが自在な境地 ピュイグ=ロジェ の文章・インタビューをまとめた"ある「完全な音楽家」の肖像" ジェラルド・ムーア お耳ざわりですか
「やさしい」歌は あるのだろうか?
ヘルムート・ドイチュ

歌曲伴奏は「やさしい」ために
過小評価されている。
狭い意味で テクニック的に難しいと
名づけられるもの、速いパッセージとか
大きな跳躍、3度進行、和音トリルなどは
ほとんど 見つからない。
多くは、いや大部分の歌曲は 初見で弾ける
くらいのものだろう。
「初見で弾けるものなら 練習する必要ない」
紛れもなく この誤った考え方が 多くの学生の
頭に こびりついてしまっている…

ジェラルド・ムーアは「やさしいシューベルト
歌曲など 一曲も知らない」と言ったが
私も 全く同意見である。
自分に 本当に 厳しく 耳を傾ければ
すぐわかるように、根本において「やさしい」
ものなど 何一つ ありはしない。

我々のテクニックの中心となるのは 二つ。
音質と確かなリズム感覚である。
そこに 繊細なアーティキュレーションや
フレージング、想像力豊かなペダルの使い方
が加わってくる。
ヘルムート・ドイチュ 伴奏の芸術 19-21頁 Amazon
”初見で弾ける”ような「さすらい人の夜の歌(シューベルト)」
前奏 和音9個 練習 ジェラルド・ムーア

1)それぞれの和音に 一様で 柔らかな
アクセントをつけて 弾いてみる。
(ただし すべてピアニッシモ)

2)フレーズに ほんの少しだけ
cresc. dim. つけて、ふくらめて おさめる。
(やりすぎると、つり合いとれなくなる…
始めからやり直し)

3)ペダルの使い方悪く 和音濁る。
(いろいろ 試してみる)

4)右手 一番高い音担当の指に
繊細に重みをかけて 弾いてみる。
(一番高い音だけ歌いすぎる。
過ぎたるは及ばざるがごとし…またやり直し)

5)内声すべてと 低音オクターブを
はっきり聴きとれるように 弾く。
(ただし 決して柔らかすぎては ならない)

6)一番高い音を微妙に漂わせて 誇張して
いるのを 聴衆に気づかれないように弾く。
(この曲を真に芸術的に演奏する秘訣)

ジェラルド・ムーア お耳ざわりですか 277頁 Amazon
学習曲を選ぶ ピュイグ=ロジェ
全体に ことさら難しいものを求め、
やさしいものを 馬鹿にする傾向が
あるのではないでしょうか。

ピアノの レパートリーの中でも
特に難しい作品を 見事に弾きこなす学生が
メンデルスゾーン 無言歌や
フォーレの作品など 技術は中程度の難しさで
自身の人間性を 最も発揮しなければ
ならない曲に なると、
どう 弾いていいか わからず 困ってしまう。

メカニックとテクニックの意味が 混同されています。
若いうちに 人を感動させるような小品にも
大作と同じだけの注意をはらって
練習すべきです。
150頁

難しすぎる曲に必死で取り組むことに
私は あまり意味を見出しません。
やさしい曲を 確実に良く弾き、
それによって 一段一段登ってゆく
という
努力の方が ずっと実を結ぶことになる
と 思います。

難曲を練習することは 必要ですが
演奏会などで 演奏する時は
身体の大きさに合わないものは
避けた方が良い でしょう。82頁
ある「完全な音楽家」の肖像 Amazon

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カザルスとの初練習 ジェラルド・ムーア
偉大なチェロ奏者カザルスが
初顔合わせの練習で選んだのは
ベートーヴェン 後期のソナタ ニ長調
作品102 第2楽章であった。
遅いテンポの第2楽章は 音符弾くだけなら
とても簡単。最初20小節は 素人でも
すぐに読めるような楽譜である。

ゆったり弾く フレーズの中に 繊細な
強弱・抑揚をつけなければならないし
伴奏が 強すぎたり弱すぎたら、
調和がとれず台なしになってしまう。

共演者として うまく溶け合うか
試されているわけだ。

私は神経を研ぎ澄まし 指先に精神集中させて
鍵盤に向かった…

20数小節進んだところで
カザルスは 突然弾くのを 止めてしまった。
彼は 楽器を静かに 横に置き、
私を 真正面から見つめて 言った。
「私は とても満足です」
ムーア お耳ざわりですか 203-204頁
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